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長湯温泉に暮らし 久住山に遊ぶ

自然を愛する人たちへ発信

05/18

Sun

2025

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08/02

Sat

2014

作家の臼井吉見氏は「故郷に山を持つ人は幸福である」と語ったという。私は故郷に三っの山を持つ。大いなる幸せ者である。生家の眼前には祖母・傾山がある。真後ろには久住・大船山。ぐるっと首を真横に回せば根子岳・阿蘇山。中でも、いつも噴煙を上げている阿蘇中岳と奇怪な山容の阿蘇根子岳には子供の頃、心ひかれた。
 九州は言わば「阿蘇アイランド」と言える。阿蘇の大噴火の際の火砕流は北は山口県まで、南は宮崎県の都城市にまで及んだという。有史以来、過去に起きた3-4回の大噴火で九州の生物はそのたびに絶滅を繰り返した。
 阿蘇の噴火が今に残す遺物は多い。「埋もれ木」、「軽石」、「火山灰」、「溶岩」など。
写真の「石柱六条節理」もその遺物の一つである。旧竹田市の稲葉川岸と緒方町の大野川岸にある物がジオパークに指定され有名である。
 有名ではなく、形もきれいではないが、長湯にもある。写真の様なものが。(久住山の仙人)
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08/01

Fri

2014

降ったり止んだり照ったりと目まぐるしく変わるこの頃の天気である。
私は天気の良い夜には星を眺める。時には標高700メートルの久住高原まで星を観に行く。
特別、星の知識があるわけではない。星を見て即座に名を言えるのは北極星、北斗七星、シリウス、金星、火星くらいなもの。ただ、満天の星を眺めていると心の底から嬉しくなる。
人が持つ本質的な性なのであろう。時々、流れ星も見る。この時はもっと嬉しくなる。
流れ星は、ほとんどが地球に着く前に燃え尽きてしまうが、稀には地上に到着するものもあり、それ等を総計すると一日に2トンくらいになるという。地球は一日一日大きくなっているのだ。
そう考えると、これまた嬉しい。
 私には子供の頃から不思議に思っていることがある。宇宙は無限に広がり大きさに限りがないという。「限りのない物が存在する」、このことがどうしても理解できない。
存在する物は必ず大きさに限りがあるはずだ。

 写真は隕石?いや、違う。何億年か何千年かの年月をかけて古代の植物の樹脂が石に変わった物。ミツバチの飼育方法を教えてくれた元高校の先生から頂いた形見の品。ズッシリと重い。
15キロもある。(久住山の仙人)

07/31

Thu

2014

長湯は温泉で有名だが湧水でも有名である。あちらこちらから清水が湧き出ている。源は久住山、大船山、黒岳からの伏流水だ。大分県内はもとより、福岡、宮崎県などからも湧水を汲みに人が来る。長湯町営の水道水もほとんどは湧水を利用している。そのため町の水道水は夏は冷たく冬は暖かい。自宅の裏山にパイプを打ち込み、そこから噴き出す地下水を生活水として利用している家もある、実は、拙宅の20-30メートル離れた山中からも多量の地下水が湧き出ている。拙宅はその地点のやや上部に位置するため、庭をボーリングすれば膨大な水が噴出するのではないかと思っている。いつかやってみたい。因みに温泉は、拙宅の庭を500メートルほど掘れば出る。
 写真は「長湯ダム」の水源の一つ「ししろ湧水」。ここでは水の他にも一年中クレソンを採ることができる。
(久住山の仙人)

07/30

Wed

2014

一節切(ヒトヨギリ)

NHKの大河ドラマ「軍師 官兵衛」が好評である。
主人公、黒田官兵衛の居城、中津城には数本の一節切が残されているとのこと。
一節切とは尺八の原型で、戦国武将たちが楽器として愛用していたもの。
官兵衛も吹いていたに違いない。
昨年、中津市の有志が、この一節切を復活させようとして、この城に保管されていた物を真似て作ってみたとのこと。
ところが完成した物を吹いてみたがまったく音が出ず、曲を吹くどころではなかったとのこと。
尺八作りは難しい。
私はもう10年以上、既に50本以上は作っている。
もちろん今では楽器として十分通用するが、100パーセント満足というものはほんの2-3本しかない。
(久住山の仙人)

07/28

Mon

2014

暑中見舞い申し上げます

今、暑さのピークですかね。でも,今日の朝の気温は18度。少し肌寒かったです。これから少しずつ涼しくなっていくでしょう。
 暑さといえば、かれこれ40年ほど前の大阪で過ごした学生時代のことを思い出します。私は大阪一の歓楽街「ミナミ」のど真中にある寺に寄宿していました。寺の名は大蓮寺。足利尊氏由来の由緒ある名刹です。大阪の幹線道路、「松屋町筋」と「千日前通」の交差点に広大な境内を有し、裏は豊臣秀吉縁の神社である「生玉神社」に接するという一等地あります。大阪府の第二の名門校である天王寺高校(一位は北野高校)が昔この寺の境内にありました。卒業生には東京オリンピックを仕切った東東京都知事などの俊才がこの寺の校舎で学びました。また、谷崎潤一郎の小説「春琴抄」に登場する佐吉の墓があることでも有名です。この寺は、寺の中に、本寺と独立した寺(塔頭という)を同じ境内に有していました。その寺を応典院といい、私はここにタダで一人で住まわせてもらっていました。タダどころか寺の職員ということにしてもらって給料も貰っていました。ミナミで一軒家を借りると40年前でも家賃は月15万円位は要ったでしょう。何故タダでお金まで貰っていたのか。実は私は用心棒として住んでいたんです。大阪ミナミの夜は無法地帯だったんです。広大な大蓮寺のあちこちにある部屋には、京都大学薬学部の大学院生、大阪外大の女学生、近畿大生、武庫川女子大生の4人が下宿していました。因みに彼等の下宿代も月5千円の格安でした。
 大阪ミナミの夏の夜は最低気温が30度以下に下がらない日が何日もありました。トンデモナイ暑さです。夏のミナミの暑さを考えればどんな暑さも我慢できます。
 写真は久住高原「南登山口」にある石塔です。肥後藩主細川公が参勤交代道に一里塚の目印として建立した物です。広大な久住高原に良くマッチし清涼感を漂わせています。(久住山の仙人)

プロフィール

HN:
久住山の仙人
性別:
非公開
趣味:
三味線、尺八、登山
自己紹介:
長湯温泉でノンビリ暮しています。登山、尺八・三味線、農林業など、いろいろ趣味を楽しんでいます。神社の神主もしています。

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